COLUMN

第1回 シネフィルで再会する映画たち

小沼純一

 バッハを模した清水靖晃のサックスとともに、回転する何ものかがかたちを整えて停止する。顔のような、赤と黄二色、円形のロゴ、何度も何度も見ていながら、このサックスの音に、つい、反応してしまうシネフィルのロゴ、である。
 DVDを見ようとすると、否応なく、冒頭にこうしたオープニングがある。その後さらに、映画のプロダクションのものもでてくる。或るときには苛立ち、或るときには、安心する。とはいえ、ここで一種の記憶の確認がおこなわれたりもするのだ。あ、この会社のなんだな、と。そして、いつしか、何らかのかたよりにも気づいたり。
 たまたま買ってきたDVDがどこから発売されているかを気にすることはない。少なくとも、その時点では、ない。ところが、あれ?ついさっきもこの音楽がひびいたしこのロゴが現れた、ということがしばしばあるのだ。それも、この数年で公開された映画というよりは、かつて映画館で出会い、記憶にしっかり焼きついている作品、何かのきっかけでタイトルが耳や目にはいったりするとそのままふっと或る情景が、或る音楽が、さらには映画館の雰囲気までもが甦ってくる作品にかぎって、だ。
 あの映画をもう一度、と、ようやくこれがDVDになったか、と手にとる。どこかしらフェティッシュだなとの反省がなくもない。実際に購入するかどうかではなく、ともかく、手にとってしまう。そして、さらにいくつかは少し緊張しながら、画面を見ることになるだろう。あたかも――と記しつつ、あまりの凡庸さにうんざりしながら――、かつて好きだったひとと再会するときのように。

カオス・シチリア物語
(C) 1984 RAIUNO / FILMTRE

 1980年代の半ばくらいだったと思う。タヴィアーニ兄弟も、アンゲロプロスも、ブニュエルも有楽町、日比谷あたりで公開初日に観た。たとえば、すばる座の、あるいはその後名前は変わってシネ・ラ・セットになってしまった、有楽シネマの、どちらも比較的急勾配の階段でならんで開場を待つ。大抵は土曜日で、初日だとモノクロではあったけれど、封筒にはいったポストカードがもらえた。
 もしかすると実家のどこかには残っているのかもしれないのは、『カオス・シチリア物語』のカードだ。室内なのに、ちょっと髪のほつれたとても立体的な顔だちの女性が、スカートをたくしあげて、桶のなかに立っていた。疲れているかんじなのに、どこか艶っぽさがあった。
 オムニバス形式と呼ぶにはいくらか違和感がある『カオス・シチリア物語』では、各エピソードのあいだに挿入されるシーンがある。冒頭、鳥に鈴をつけて飛ばし、その音が大空をバックにけっして大きくはなくひびくシーンだ。こんなふうに、映画はしばしば、わずかな断片ばかりが記憶に残る。先に挙げた監督の作品ではどうだろう。こんなものがある――二つだけ挙げよう。『サン★ロレンツォの夜』で、アメリカ兵たちに「アメリカーニ! アメリカーニ!」と、小声で、しかしつよく呼びかける声。『旅芸人の記録』で、舞台を打ち鳴らす木槌の衝撃音、寒そうな村を歩く人たちの脇を、特に覇気を感じさせることもなく、「パパゴス元帥に投票せよ」と呼ばわる宣伝カーのスピーカー。もちろんその映画全体がひとつのおもいを与えてくれている。だからこそあらためて見てみたいと思う。でも一方で、ただ記憶のなかに残っているシーンや音を確かめてみたいというところもないわけではない。

旅芸人の記録
(C) THEO ANGELOPOULOS 1975

 ヨーロッパの映画を特に意識していたという訳ではない。だが、80年代の半ば頃は、いわゆるバブル期でもあったのだが、小さな映画館が幾つもできて、ヨーロッパ映画もよく上映していた。とても個人的なことだが、ウィークデイはびっしりとビジネスの現場にいたから、そうした空気に渇いていたのだったろう。ハリウッドのエンタテインメントもそのときは充分楽しめるのだが、そのときだけで終わってしまうところに、或る意味、自らの鬱屈した二十代があったのかもしれない。そして、だから、と強引に言ってしまってもいい、フランスやイタリアやギリシャといった名監督の作品がDVDになって、それを見ようとする、セットして画面にロゴがでる、ああ、シネフィルなんだな、とそのたびに思うのである。これは誇張ではないし、媚びているわけでもない。もちろん他の会社のものだって多くある。ただ、特にヨーロッパの映画をと意識したときに、確率が高いということにすぎない。
 そう、そして、そんなふうだから、良くも悪くも、シネフィルという名を見たり聞いたりすると、ちょっとセンチメンタルな、ノスタルジックな気分になる。会社にとって、ブランドにとっては迷惑な話かもしれないが、最近書店でも売られているような「クラシック名画」とは違った意味で、ひじょうに個人的なところで、引っ張られてしまう。もちろん、映画について語るというのは、こうしたところから逃れられないにしても。

【プロフィール】

小沼純一(こぬまじゅんいち)
音楽文化論。早稲田大学教授。近著に『バッハ「ゴルトベルク変奏曲」世界・音楽・メディア』(みすず書房)、『あたらしい教科書 音楽』(監修:プチグラ・パブリッシング)、『サイゴンのシド・チャリシー』(詩集:書肆山田)。