COLUMN

第3回 ダニエル・シュミットの女たち

小沼純一

 手品師が広げていたトランプをすーっとみごとに揃えて、語り掛ける。
 「いつでも……想い出を…想い出を…/toujour......souvenirs...souvenirs...」
 『ラ・パロマ』の最後のシーンだ。
 昨年8月に亡くなったダニエル・シュミットの作品は、どこからが過去でどこからが現在か、あるいは、どこからが幻影で現実かがあいまいになる。そしてそれが1本の作品、一定の時間がながれるなかでもたらされる。だから、ひとつの作品を見終わって、ああ、終わった、と日常にすぐ戻れるエンタテインメントとは違った、心身への影響、いや、刻印というのがある。
 そうした作用は映画のつくりや語り口もさることながら、女優の存在が大きいのではないかと、『ヘカテ』と『ラ・パロマ』を見直して、考えていた。
 『ヘカテ』のローレン・ハットン、『ラ・パロマ』のイングリット・カーフェン、撮影当時30代から40代で、けっして若いとはいえない。だが、その年齢でしかありえない味がある。どこかで出会ったら、つい、そのままついていってしまいそうな何か、がある。

ラ・パロマ
『ラ・パロマ』
(C) Eric Franck, ARTCO Film

 1930年代のフランス植民地下での北アフリカ。大使として赴任した男が、ひとりの女性と出会う。夫はシベリアにおり、2人は恋愛を楽しむが、女のふるまいに、謎に、嫉妬をおぼえ、だんだんと身をもちくずしてゆく。
 デュラス『インディア・ソング』やジュネ『デリカテッセン』を手掛けたカルロス・ダレッシオの音楽が、退廃的ないにしえの日々を彩る。静かに、優雅に始まったウィーン風ワルツをバックに、露台で激しい行為へといたる時間のうねり。性と音楽のエクスタシーとクライマックス。海を隔てたヨーロッパのひびきに対して、窓から聞こえてくるクルアーンの朗誦が、いかがわしい界隈で叩かれる太鼓が、英語訛りのフランス語を話す女性クロチルドをいっそう妖しくみせる。ハットンはモデルだけあって、身につけている衣裳もじつに魅力的だ。シルクのネグリジェにすっと射す影の何と美しいことか。
 エビータの死が新聞に載っていると語られるから、『ラ・パロマ』の舞台は1950年代だろう。言いよってくる富豪の息子を、死期が近いことから受け入れる歌姫。彼女は、男イジドールを愛することはけっしてないが、イジドールの愛は信じる。だがそれさえも失った後、2人のあいだに起こるのは一体何だろう。死に近づくにつれて輝きを増す女性の美しさ、そして、愛と憎しみ、軽蔑が混濁し、反転してしまう美貌のなかの眼差し。そして残された顔の謎。
 わずかではあるが、『ラ・パロマ』には、リヴェットの『北の橋』、『彼女たちの舞台』の存在感を想いおこさせるビュル・オジエが、イジドールの母親役で登場する。母親の年齢に見えないだけではなく、くるまに乗ってくるその眼差しが映った瞬間に、あ、と、このままみつづけていたい、と、全身が望んでしまう。
 音楽がさまざまにひびいているのも『ラ・パロマ』の特徴だ。主人公が歌姫だから流行歌はもちろん、ヴィラ=ロボスのギター曲、ショパンのピアノ曲、ヴィドールのオルガン曲、ブラームスの協奏曲と多彩。しかも、ときには、短いあいだをおいて、2回ひびかせられるのも心憎い。また、しばしば電子音が低く唸ってホラー的とでも形容すべき雰囲気を醸しだし、虫や水鳥の鳴き声が故意につよめにでてきたりもする。

ヘカテ
『ヘカテ』
(C) T&C FILM AG / TF1

 魅力的な、そして妖しい女性を撮るシュミットは、しかし、その裏の姿を見逃すことはない。ミラノの養老院、「ヴェルディの家」を撮ったドキュメンタリー『トスカの接吻』を想いだしてみればいい。往年の歌手たちは昔の、過去のなかに生きている。古い衣裳をひっぱりだして、いつ、どんな演目で身につけたかを語る。現役の最中に引退した栄光の話をする。世界中をまわった話をする。共演した有名な歌手の想い出を語る。自然に役になりきり、うたいはじめたり、練習していないからうまくないと謙遜したり。神様からの才能を感謝し自慢する老作曲家もいる。ユーモラスでありながら、どこか物悲しさもあり、でもそれは美しさの裏にしっかり張りついており、妖しさとともにある。坂東玉三郎とともに大野一雄を『書かれた顔』として撮ったシュミットなのだ。
 昨2006年は、作曲家・武満徹の没後10年でもあった。晩年の武満はオペラを構想しており、その作品は『ワイルド・アット・ハート』のバリー・ギフォードによるリブレット、ダニエル・シュミットの演出で、リヨン歌劇場で初演されるはず、であった。タイトルも《マドルガーダ》としっかり決まっていたのに、作曲家の死によって、この作品は実現されずに終わった。

 2人の「芸術家」を偲び、あらためて大好きな作品を見直すことにしたのだったが……残念、少なからぬ作品が、DVDで入手ができなくなっている。DVDがあるからと安心はしていられないのだとあらためて気づいた次第。

【プロフィール】

小沼純一(こぬまじゅんいち)
音楽文化論。早稲田大学教授。近著に『バッハ「ゴルトベルク変奏曲」世界・音楽・メディア』(みすず書房)、『あたらしい教科書 音楽』(監修:プチグラ・パブリッシング)、『サイゴンのシド・チャリシー』(詩集:書肆山田)。